運動前の効果的な準備
第1回:「運動前のウォーミングアップ」
2020/03/31
2019年に開催されたアジア初のラグビーワールドカップは、「にわかファン」を取り込む大きなブームとなりました。さらに、東京でのオリンピック・パラリンピックの開催を控え、日本ではスポーツ全般への関心度が高まってきています。
スポーツには「する」「見る」「支える」などの要素がありますが、「する」につきものである怪我を最小限に抑えるための事前準備についての意識や知識はそれほど高くありません。
そこで今回は、アスレティックトレーナーの桑井先生に『運動前の効果的な準備』についてインタビューし、その内容を2回にわたりご紹介していきます。
ウォーミングアップは自分のペースで
Q1桑井先生は、オリンピックをはじめ、多くの国際大会に帯同されていらっしゃいますが、志したきっかけは何だったのでしょうか。
A1私は中学2年生の頃からトライアスロンをしていました。高校3年生のときにバルセロナオリンピック(1992年)で、選手達の活躍を見て、「オリンピックを舞台にした仕事がしたい」と思ったことがきっかけです。トレーナーという仕事があることを知り専門学校に通い、鍼灸マッサージ師の資格を取得しました。その後、理学療法士の資格も取り、北京オリンピック(2008年)から水泳の日本代表チームに帯同するようになりました。
Q2ウォーミングアップの大きな目的は何ですか。
A2なんと言っても、怪我の予防です。筋肉疲労を残さないためと思われがちですが、これはどんなに入念に行っても、運動をすると必ず起こるものです。むしろどう除去していくかが主眼で、クーリングダウンやアフターケアの部分で対処するべきと考えています。
Q3ウォーミングアップはどのような点に気をつけて行えば良いでしょうか。
A3私は2つのことを重視しています。1つ目は、「自分のペースをつくること」。人に合わせず、自分の方法論を確立するよう伝えています。2つ目は、順番や手順において、「自分のルーティンをつくること」です。
Q4チーム競技か個人競技かでの違いはありますか。
A4チームならば、身体だけでなく、サイキアップ(気持ちを高揚させ、やる気を起こす)も大切です。ロッカールームで円陣を組んで声を出すのもそうです。チーム全員でのウォーミングアップに加えて、個別のルーティンを確立することも提案しています。
個人競技では、例えば水泳では水中のウォーミングアップもありますが、その前に「ドライランド」という陸上でのトレーニングを行います。以前はストレッチぐらいしか行っていませんでしたが、2008年頃から、体幹を鍛える補強運動など怪我をしないための機能的なトレーニングを取り入れるようになりました。
■エクササイズプログラム(ドライランド)
立位両腕回し
関節・肩甲帯全体をほぐす
肩入れ(パートナー)
肩関節・脊柱(胸椎)の伸展の向上
背中合わせ
肩関節・脊柱(胸椎・腰椎)の伸展の向上
肩入れ(棒)
肩関節・肩甲帯・脇腹可動域の向上
トランクツイスト
肩甲骨周囲から胸部、胸椎の可動域の向上
慌ただしさは大敵、準備は余裕をもって
Q5ウォーミングアップを行うベストな時間帯はいつでしょうか。
A5これも種目差、個人差がありますね。1つ言えるのは「慌ただしさ」は大敵だということです。通常、練習や試合時間から逆算して考えます。例えばマラソンの場合、食事は3~4時間前にとり、なるべく早く会場に着くようにします。大会当日は人も多いし、トイレも混んでいますが、ゆっくり過ごす時間があれば、どんなときでも慌てずに済みます。選手には、準備を全て終えた後、身体も心も落ち着かせ集中する時間が必要なのです。
Q6ウォーミングアップでの筋肉の効果的なケアとして、気をつけるべきことは何ですか。
A6筋肉と向かい合うときに意識するべきポイントは、深さ(深度)です。筋肉の深いところはストレッチで動かせます。でも表面の部分、筋より浅い腱組織へは効かないんですよね。脚なら足首周り、アキレス腱、手首、肘など末梢の腱組織は、浅めのアプローチが必要なので、サロメチールのような血行を促すクリーム剤を使います。マッスルラブ(rub=こする)をしてあげる、つまり筋肉をこすると良いのです。
Q7身体の部位ごとに、効果的な準備を教えてください。
A7体幹、上肢、下肢と3部位に分けて考えてみましょう。体幹は、一般的な準備体操を立って行うことがポイントです。2人で背中合わせで立ち、屈んで相手を引っ張り上げるのも良いですね。ウォーミングアップはすなわちウェイクアップで、身体を目覚めさせる働きがあります。次は上肢です。床に這いつくばるような運動をかなり取り入れています。アリゲーター(鰐)やクマ(熊)など、いわゆるアニマルワークアウト(動物の動きを取り入れたエクスサイズ)はよく行います。最後に下肢です。ここまでで脚はずいぶん使っていますし、あとは軽く走ったりジャンプや縄跳びだけでも良いでしょう。これらをマニュアル化し、ルーティンワークにしておくと、ウォーミングアップだけでなく、日常のトレーニングでも使えますね。運動終了後、筋肉痛などが残った場合には、サロメチールジグロローションなどで痛みを緩和させることもできます。
■アニマルワークアウト
アリゲーター
肩甲帯・胸郭全体の筋力向上・腰部のストレッチ。肩甲骨の動きを安定させる「前鋸筋」の機能向上に役立ちます。
動作方法
四つん這いになり、片手と片脚を交互に出し腰を高く保持し前進する。
スパイダー
股関節・胸郭・脊柱のストレッチ、上肢下肢の筋力向上に役立ちます。
動作方法
四つん這いになり、片手を前に出したら反対側の脚を前に出し全身沈め、交互に動かし前に進む。
この記事で紹介された製品
-
今回の先生
公益財団法人 日本スポーツ協会 公認アスレティックトレーナー 桑井 太陽 さん
経歴
Jリーグ、バスケット実業団トレーナーを経て、2001年から水泳日本代表チームトレーナーを務め、2016年リオデジャネイロオリンピックほか多くの国際大会でチームに帯同。理学療法士。鍼灸マッサージ師。 公益財団法人 日本オリンピック委員会・医科学強化スタッフ。 株式会社サンイリオスインターナショナル代表取締役。サンイリオス桑井鍼灸治療院院長。