運動やスポーツに伴う痛み(1)
第11回「筋肉痛 」
2023/10/31
運動やスポーツ活動において“痛み”はつきものと言えます。特にトップアスリートにとっては痛みを短期間で取り除くことは、ハイレベルな競技力を維持し続ける上で不可欠な要素ですが、スポーツ愛好者にとっても、少しでも長くスポーツに親しむためには、“痛み”に上手く対応していくことが重要です。
そこで今回は、“運動やスポーツに伴う痛み”に着目し、そのメカニズムやケア、対処方法などについて、症状ごとにスポーツドクターのお話をお聞きし、計4回にわたって掲載します。第1回(第11回)は数多くのアスリートの治療を行ってきた内山英司先生に「筋肉痛」についてお伺いします。
「筋肉痛」は怪我と過度な運動で起こる
Q1.内山先生のスポーツ体験をお聞かせください
A1.中学からバスケットボールを始め、高校もバスケット部に所属していました。大学は医学部志望で、大学に行ってバスケットでインカレに出場するのが夢でした。当時、国立大学の医学部でインカレに出ているのは北海道大学と金沢大学しかありませんでしたので北大に入りました。大学では医学部のバスケ部に所属、北大全学のバスケ部を破ってインカレに出場できたのは学生時代の良い思い出です。卒業して東京に戻ってからもしばらくクラブチームでプレーを続けていました。
Q2.医者を志望されたきっかけはどのようなものでしたか
A2.家が医者の家系で小学生ぐらいから漠然と医者になろうと思っていました。高校時代は親に反発し、一時は教師になろうと思いましたが、人に影響を与えられる職業は医者も一緒だと思い、結局医学の道に進みました。
Q3.医者になられてから、整形外科医、そしてスポーツドクターになられた経緯は
A3.外科をイメージしていましたが、当時は悪いものは取ってしまえば良いという雰囲気のあった外科の中でも整形外科は機能の再建ができるので魅力を感じました。色々な病院で経験を積み、9年目に日立総合病院に整形外科の責任者として赴任しました。その時はスポーツ関係の患者は2割程度でしたが、1997年に関東労災病院スポーツ整形外科に移ってからスポーツ外傷・障害の治療に特化しました。そして1998年バンコクで行われたアジア大会で初めて日本選手団の本部ドクターを務めました。以後、2000年シドニーオリンピック、2002年釜山アジア大会、2004年アテネオリンピックで日本選手団に帯同しました。怪我で悩んでいるトップアスリートに治療や手術を行い、競技に復帰させた時の達成感は格別のものでした。
インタビュー中の内山先生
Q4.スポーツ競技や運動の際に生じる「筋肉痛」のことについて伺います。「筋肉痛」はどのようなことが原因で起きるのでしょうか
A4.「筋肉痛」には大きく分けて、運動による怪我などで生じる筋肉の痛みと、オーバーユース(過度の運動)からくる痛みの二つがあります。
急激な痛みは、基本的には肉離れですね。力を入れ過ぎて、筋肉が断裂するという言い方でもいいかもしれません。肉離れで有名なのはテニスレッグで、サーブの時にぐっと片足を挙げた時にふくらはぎの内側を痛めます。肉離れを起こすのは腿裏が多く、全速力で走る競技ではよく起こります。打撲による痛みでは、ラグビー選手が相手との激しい接触で起こす筋挫傷(モモカン)などがあります。これらが怪我の部類となります。
もう一つは運動をやり過ぎて生じる筋肉痛です。「遅発性筋肉痛」といいますが、一般的に多いのが翌日痛くなること。競技でもよく起こりますが、ハイキングや山登りに行って登り降りをすると翌日脚の筋肉が痛くなることがあります。特に降りるときの方が負担が大きく、普段運動をしていない人に起こりやすいです。あとは脚が攣るというのがありますね。急激な練習ですぐ攣ってしまうものと、夜攣る場合があります。
予防は普段からの運動習慣と運動前後のケア
Q5.「筋肉痛」がおこりやすい運動や競技にはどのようなものがありますか
A5.先ほど話をしたテニスなど長時間続けて行うエンドランス競技* は攣りやすいです。サッカーなどでも後半になると攣る選手が多くなります。これらは“攣る”という症状ですが、ウエイトリフティング、レスリング、柔道といったパワー競技では最大の筋力を出さなければならないので、筋が損傷を起こしやすいですね。体操もパワー競技と言えますが、練習でも決められた動作をやっているので、相手があってそれに対して本当に力を出さなければというのと少し違うかもしれません。陸上の短距離種目もパワー競技です。エンドランス競技は最大筋力を使いませんが、長時間の運動のため疲労が蓄積することになります。
*エンドランス競技:持久力、耐久力を必要とする競技で心拍数を徐々に落としながらまたストレッチという流れがよいでしょう。
Q6.筋肉痛には色々な種類がありますので一概には言えないと思いますが、どのような予防方法がありますか
A6.一番多い「遅発性筋肉痛」の予防は、普段から運動習慣をつけるということに尽きます。
いきなり山登りしたら痛くなるのはあたりまえです。いきなり重いものを持つのもそうですね。普段からトレーニングをしていれば、筋肉の強さも維持できるということになります。あとは、疲労をためないという意味では、きちんとクールダウンするということ。運動したあといきなり休むのではなく、徐々に運動負荷を減らしていって、筋肉に疲労を残さないようにすることが大事です。運動をすると筋肉が硬くなり、様々な痛みの原因になります。例えば、筋肉が骨にくっついている部分に痛みや腫れが起こる「付着部炎」といった症状もその一つです。ストレッチは運動をやる前に筋肉の柔軟性を出すということが目的ですが、運動を継続する意味では終わったあともちゃんとしたストレッチをやって、筋肉に硬さを残さないようにすることが大事です。あとは、筋肉内の血行を良くするためには、熱すぎないお湯に入ることも良いですね。それから水分はしっかりとること。運動をしたあとはやはりスポーツドリンクが向いていると言われています。汗をかくとミネラルや塩分も出るので、それを補充するには、水だけでなくスポーツドリンクが勧められています。
■「遅発性筋肉痛」がおこる仕組み
Q7.「筋肉痛」の症状が出てしまった時、自分でできる対処方法(セルフケア)や、治療機関に行った方がよい場合などを教えてください
A7.対処方法としては運動直後であれば熱を持っているのでアイシングをすることが効果的です。「遅発性筋肉痛」では痛みのある筋肉を必要以上使わないようにすることや、血流改善のため保温をすると症状が改善します。
医療機関に行くというのはあまりないのですが、一つあるとすれば、炎天下で熱中症になるぐらいの運動をした時などに起こる「横紋筋融解症」でしょうか。筋肉が融けてその物質が腎臓に詰まって尿毒症になったりしますので、運動の翌朝赤茶色の尿が出た場合にはすぐに医療機関に行くことをお勧めします。その他、怪我の部類は痛みの程度に応じて本人が判断して医療機関に行くようにしてください。
Q8.「筋肉痛」が起こった時に痛みを緩和するさまざまな(外用消炎)鎮痛剤(ローションやスプレー、クリーム、テープ剤、錠剤等)がありますがこれらはどのように使うと効果的でしょうか?また、それらの代表的な配合成分などについてもお聞かせ下さい
A8.市販薬にも痛みを緩和する成分が配合されたものが多数ありますが、例えば『ジクロフェナク』は、「遅発性筋肉痛」などで筋肉が損傷した時に発生する痛みや炎症のもとになる物質に作用し、それを抑制します。痛みの原因となる物質の生成を阻害するので消炎鎮痛作用があります。経口薬などにも配合される『アルミノプロフェン』は非ステロイド系の鎮痛剤で、『ジクロフェナク』と同様に痛みや炎症を抑制する効果がありますが、より強力に患部の炎症を抑えることができます。これらが含まれる市販薬を症状に応じて適時使用すれば効果があると思います。
この記事で紹介された成分を配合した製品
今回の先生
稲波脊椎・関節病院副院長/顧問
内山英司さん
経歴
1953年生まれ。東京都出身。都立青山高校卒業。北海道大学医学部卒業。東京大学医学部付属病院、日立総合病院等で勤務。関東労災病院スポーツ整形外科部長を19年間務め、その間日本スポーツ協会公認スポーツドクター。日本オリンピック委員会専任スポーツドクターとしてオリンピック日本選手団帯同ドクターを務める。2015年7月 稲波脊椎・関節病院副院長・スポーツ関節センター長就任。現在に至る。
★スポーツ手術で一番多いのは「前十字靭帯手術」だが、内山先生はこの手術をこれまでに4000件以上こなしており、この数字は世界的にもギネスものだと言われている。またアキレス腱断裂に対し内山式縫合術を開発し、7カ月以内に約97%が元のレベルに戻っていることから代表的な手術方法として広まっている。