運動やスポーツに伴う痛み(3)
第13回「腱鞘炎」
2024/05/20
前々回から運動やスポーツ活動においてつきものの“痛み”について、そのメカニズムやケア、対処方法などについて症状ごとにご専門のスポーツドクターにお話をお聞きしていますが、今回様々な活動で起こりやすい「腱鞘炎」について、自らもサッカーに親しみ、多くのアスリートや一般のスポーツ愛好者のケアや治療に従事されている土屋敢先生にお話を伺いました。
「腱炎・腱鞘炎」はひたすら摩擦が起きている状態
Q1.土屋先生のスポーツ体験をお聞かせください。
A1.子どものころは野球かサッカーという環境の中、私は小学校・中学校・高校とサッカー一筋でした。中学3年の夏休みに、千葉県の選抜合宿に呼ばれその際に県立千葉高校の梶原先生から、「うちに来ないか」とお声がけいただきました。先生のもとで3年間学び、インターハイでは県で第3位になることができました。
Q2.医師を志望されたきっかけはどのようなものでしたか。
A2.「サッカーに関わる仕事をしたい」という希望をずっと持っており、進路相談を通して、教師かスポーツドクターもよいと考えました。「医者になろう」と決めたのはサッカー部を引退してからです。千葉大学医学部に進学し、体育会サッカー部に所属しましたが、サッカー部には指導者がいませんでした。高校のときのように指導者から教わりたいという気持ちで梶原先生に相談に行ったところ、「うちの高校のサッカー部でコーチをやってくれないか」という話になり、これが大きなターニングポイントになりました。医者になってから、千葉県内のサッカー関係者から「診てほしい」というお話をよくいただきます。
インタビュー中の土屋先生
Q3.運動を行う際によく発生する「腱鞘炎」について伺います。
原因は何なのか、またそのメカニズムも教えてください。
A3.「腱鞘炎」とひとことで言いますが、実際は「腱炎」と「腱鞘炎」に分かれます。腱炎は、骨と筋肉とを繋ぐ「腱」に炎症が起こるものです。一方腱鞘炎は、腱の周辺にある「腱鞘」が炎症を起こし、腱の動きがスムーズにできない状態をいいます。 私はサッカー選手を診ることが多いのですが、股関節よりも下、つまり下肢の障害は腱鞘炎よりも腱炎が多いです。これは慢性的なことが多く、そのほとんどはオーバーユース(過度の運動)が原因です。
腱炎は、腱と骨や周囲の軟部組織との間でひたすら摩擦が起きている状態です。下肢の中でも圧倒的に足関節に多くみられます。メカニズムを説明すると、膝や肘の動きは主に屈曲と伸展の2方向のみです。一方、足関節や手関節はそれに加えて回旋が入って複雑な動きが加わります。その中で摩擦が起きやすくなるのが腱炎や腱鞘炎の原因です。腱鞘炎は指が弾発現象を起こすばね指や手首のドゥケルバン病が典型です。
*1 ばね指:
指を曲げて伸ばそうとする時に、弾くようなバネに似た動きをする状態のこと。
指を曲げるのに必要な腱や腱鞘に炎症が起こり腱鞘炎が悪化することで発症する。
*2ドゥケルバン病:
手首の親指側の腱と靭帯性腱鞘が、手の使い過ぎなどにより炎症を起こし、 腱の動きが悪化することで腫れや痛みを伴う症状。
Q4.スポーツで「腱鞘炎」が症状として表れやすくなる条件や環境などはあるのでしょうか。
A4.これは練習量と比例すると考えています。小学生はそこまで練習量は多くないため発症しづらいですが、中学・高校・大学・プロと進んでいくと練習量も増加します。過度な練習を行うと発症は多くなるでしょう。高校・大学が顕著ですが、特に高校生に多いので選手も指導者も痛みが出ないように気をつけるようにしましょう。
予防はオーバーユースせずに、そして正しいフォームで
Q5.「腱鞘炎」が起こりやすい運動や競技にはどのようなものがありますか。
A5.サッカーや陸上競技などの走る量が多い競技です。サッカーは1試合で各選手平均10km以上走るといわれています。陸上競技だと長距離種目の選手に多く、足の甲、かかと、足裏などに痛みが出ます。長い時間走るということは、腱と腱鞘の間で機械的な摩擦がずっと起きているのです。
Q6.腱鞘炎を予防するにはどのような方法があるでしょうか。
A6.まず、練習量のコントロールが大切です。根本的なところでいうと身体の柔軟性です。柔らかいことはとても大事なので、ストレッチングは必須です。
それから関節の可動域も広いほうが良いでしょう。例えば足関節周囲だとすると、どんな動作をしているかがポイントです。足関節が不安定だったり、ばらばらな動作だと、その箇所にストレスがかかりやすくなります。サッカーでいえばキック動作、ランニングでいえばフォームは正しいか等をきちんとチェックしバランスの良い状況でプレーすることが予防につながります。ただこのような基本動作は、小中学生の頃に身についてしまいますし時代背景も関係します。
昭和の時代であれば、でこぼこな土のグラウンドなどでプレーしながら、自然にバランス感覚を養っていましたが、それが今は運動環境や生活環境が整備されたことにより生活習慣の変化で自然に培われていた柔軟性や可動域の広さを獲得できなくなりつつあります。昔はあたりまえにできた和式トイレでしゃがむことができない等もその一つと言えます。
Q7.「腱鞘炎」の症状が出てしまったとき、自分でできる対処方法(セルフケア)や、治療機関に行った方がよい場合などを教えてください。
A7.まず歩行に支障を来す場合は速やかに医療機関で受診してください。炎症は機械的に刺激を受けることで熱を持ってしまうため、炎症を鎮めるためにアイシングをしましょう。また左右差を確認してみてください。
両方同時に炎症が起きることはあまりありません。右に症状が出てきた場合、左と比べてみましょう。熱を持っている、圧痛がある等、自分なりにセルフチェックをしてみましょう。痛みがある場合はまずは冷やすことが大切です。そのうえで医療機関を受診し、練習を続けてよいのか休んだほうがよいのかを判断してもらいましょう。
Q8.「腱鞘炎」が起こったときに痛みを緩和するさまざまな(外用消炎)鎮痛剤(ローションやスプレー、クリーム、テープ剤、錠剤等)がありますが、これらはどのように使うと効果的でしょうか? また、それらの代表的な配合成分などについてもお聞かせ下さい。
A8.通常慢性痛である腱鞘炎は、消炎鎮痛成分の効果を持続させたいので、病院では湿布薬の外用剤を出します。
OTC医薬品でもジクロフェナクナトリウムなどの消炎鎮痛成分を配合したテープ剤などありますね。テープ剤は伸縮性もあるので可動域にもしっかりフィットしますし、慢性痛の場合のように効き目を長時間持続させたいときに便利です。
急な痛みの場合は、同じくジクロフェナクナトリウムなどの消炎鎮痛成分を配合したローションやゲルといった剤形のものを塗って対処するのが良いと思います。ローションやゲルは広範囲の痛みの場合にも使いやすいので便利ですね。
この記事で紹介された成分を配合した製品
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今回の先生
北千葉整形外科 幕張クリニック
スポーツ医学・関節外科センター長
土屋 敢さん
経歴
1970年生まれ。長野県出身。 千葉県立千葉高校卒業。 千葉大学医学部卒業。 千葉大学整形外科入局。 千葉大学医学部整形外科大学院卒業。
2003年~2013年3月まで、川鉄千葉病院(現・千葉メディカルセンター)スポーツ整形外科部長。 2013年4月より現職。
専門は膝・足関節外科、スポーツ整形外科。
日本整形外科学会専門医
日本整形外科学会スポーツ医専門医
脊椎脊髄病医専門医
日本スポーツ協会公認スポーツドクター
千葉県サッカー協会スポーツ医学委員会委員長/理事
サッカー関連の業務は多く、2006年には第15回アジア大会サッカー男子日本代表チームドクターや北京オリンピックサッカー男子日本代表チームドクター等を務める。