シニア向け健康維持・増進のための運動
第6回「楽しみながら健康を維持できる運動(エンタメプログラム)」
2021/05/27
心身ともに健康で豊かな老後生活を送りたいと誰もが願うことでしょう。高齢による身体の衰えや、持病によって運動をするのが億劫になるなどで、積極的に健康の維持・増進を行わない人が多くなっています。怪我や疾病の場合には病院で医師に診てもらうことができますが、健康維持や増進は自らの意思で行うしかありません。そこで、今回は前回お話をお聞きした山本晃永氏が経営する「ワイズ・スポーツ&エンターテインメント」で、楽しみながら健康を維持できるトレーニング“エンタメプログラム”を自ら開発し、指導にあたっているエンタメプログラムディレクターの井上智恵さんにお話をお聞きしました。
感情表現力を高める
Q1.井上さんは何がきっかけで「ワイズ・スポーツ&エンターテインメント」入られたのでしょうか。
A1.私は21年間劇団四季で俳優として活動し、多くの演目で主役を演じてきました。舞台俳優は身体を酷使する仕事で、私も半月板を損傷してしまい、手術後にリハビリをしてくれる施設を探していたところ、知り合いのトレーナーさんからワイズ・スポーツ&エンターテインメントの山本トレーナーを紹介していただきました。山本さんの施設は、アスリートはもちろん子どもたちから一般の方のパーソナルトレーニングやリハビリ、高齢者向けのデイサービスに取り組まれていました。デイサービスではアスレティックトレーナーの経験を活かした「最適運動」(前項で紹介)の指導をされていましたが、心にアプローチするプログラム作りに悩まれていて、「感情表現のプロフェッショナルであるミュージカル俳優がプログラムを作ってくれたら心も体も元気になる、より効果的なデイサービスが出来るのでは。一緒にやりませんか。」と声を掛けて頂きました。私も自分がやってきた音楽やミュージカルの経験を生かし、何か社会に貢献したいと思っていたところだったので、思い切って四季を退団し、この世界に飛び込みました。
劇団四季時代「CATS」(ジェリーロラム役) 撮影:上原タカシ
Q2.「エンタメプログラム」の概要や目的について教えてください。
A2.「オープニング・エンタメ」と「フィナーレ・エンタメ」の二つで構成されています。その間に前回で紹介したパーソナルトレーニング、筋力トレーニング、有酸素トレーニングなどの「最適運動」を行います。まずオープニング・エンタメは心と体のウォーミングアップです。やる気が徐々に高揚していくように、感情表現力を活性化していきます。感情は「発声」「表情」「しぐさ」で表されます。まず「発声」の源は「呼吸」なので、呼吸筋である「横隔膜」「腹横筋」「骨盤底筋」などのインナーマッスル*1や「舌筋」を活性化し、次に表情筋*2を大きく使いながら「発声」を行っていきます。その後は「ワハハ体操」「ワイズ体操」で振り(=しぐさ)もつけていくと、やる気もマックスになっていきます。フィナーレ・エンタメは「脳活性」を目的にした楽しい音楽プログラムです。ハンドベル演奏や合唱と手拍子や足踏みを同時に行う「マルチタスク」、また他者と協力する「社会活動」も脳活性には効果があるとされています。
*1 インナーマッスル
学術的にはインナーマッスルという分類はありませんが、スポーツの領域では、身体の表面に位置する大きな筋肉をアウターマッスル(表層筋)というのに対し、身体の深いところに位置する筋肉をインナーマッスル(深層筋)と呼びます。
*2 表情筋
顔面部と頭部、頸部の一部にある皮筋の総称で、その名の通り喜怒哀楽など
の表情を表すときに使われる筋肉です。
インタビュー中の井上さん
Q3.「呼吸法」とはどのようなものでしょうか。
A3.正しい「呼吸法」として「腹式呼吸」がよく紹介されますが、私はより分かりやすく「横隔膜式呼吸」と呼んでいます。呼吸筋である「横隔膜」をいかに機能的に使えるか、また関連する周囲の筋肉も機能解剖学的にどのように使うべきか、その方法論をオリジナルで創ってきました。発声の基礎となると同時に誤嚥予防や自律神経を整える効果も期待できます。
呼吸法の実演風景
【自宅で簡単にできる「呼吸法」】
1.呼吸機能の活性/胸郭エクササイズ『胸郭の開閉(10回)』
大きく息を吸いながら胸郭を開き(胸を開き=写真左)、息を吐きながら胸郭を閉じます(写真右)。この動作を10回繰り返してください。
2.呼吸機能の活性/胸郭エクササイズ『横隔膜「吹き矢」(8回)』
大きく息を吸った後に、写真のように口に手を添えながら、吹き矢を遠くに飛ばすように息を吐きます。この動作を8回繰り返してください。
Q4.「発声法」とはどのようなものですか。
A4.劇団四季では、舞台上からしっかりとお客様に言葉が届くように「母音法」という訓練を毎日欠かさず行います。セリフも歌も、子音を外して母音だけで練習するのです。母音は発声における口腔機能の基礎となります。その上に子音が乗ってくるので、母音での発声が常にしっかりとベースとして使えていることは大切な事なのです。高齢になると声が小さくなり、言葉が伝わりにくくなることもあります。正しい呼吸法と母音を使った開口発声は重要だと思っています。
ボイスルームでの発声法
【自宅で簡単にできる「発声法」】
1. 開口発声(嚥下予防)舌筋エクササイズ『舌の回旋(左右10回)』
舌筋を鍛えるトレーニング。下記写真のように口を閉じたまま舌を口の中で回します。左周り、右周りをそれそれ10回繰り返してください。
2.表情筋活性を使っての「母音法」
全ての表情筋を大きく使い、図の左上から右下まで上下に母音を発声する方法です。
あ=口をおきく い=口を横に う=くちばしのように
え=口角を上げて お=あの口からおに
プログラムの最後は“五本締め”で達成感
Q5.「ワハハ体操」「ワイズ体操」とはどのような運動でしょうか。
A5.「ワハハ体操」は、ビート音にあわせた発声、表情、動作に加え、「笑い」によるポジティブな感情の効果も融合させた楽しい体操です。「ワイズ体操」は、当社のファンクショナルトレーニングメソッドで、人体構造上の動きを11に分類した“ワイズイレブン”*3というものがあります。その11の動きを楽しい音楽ダンスにアレンジして、その後のパーソナルトレーニングの効率を上げる目的のウォーミングアップ体操です。だいたい25分間かけてウォーミングアップが終了します。
*3 ワイズイレブン
ワイズ・スポーツ&エンターテインメントのファンクショナル(機能)トレーニングメソッドで、人体構造上の動きを11に分類し、その動きの評価に基づきトレーニングします。
「ワハハ体操」
「ワイズ体操」
Q6.“フィナーレエンタメ”ではどのようなプログラムを行うのでしょうか。
A6.各自のトレーニングが終わった後、最後に皆さんでハンドベル演奏や合唱を通して楽しく「脳活性」プログラムを行います。異なる二つの行動を同時に行うことを“デュアルタスク”と呼び「脳活性」の効果が高いと言われていますが、私のプログラムでは歌を歌いながら、手拍子や足踏みなど3つ以上の事を行うので“マルチタスク” と呼んでいます。プログラムを行う時には、参加するご利用者様同士、またスタッフとコミュニケーションを取りながらハンドベルを鳴らしたり歌ったりするので「社会性」も必要で、こうした活動も「脳活性」には効果が高いといわれています。最後は舌筋や口腔機能を高めるといわれる“パタカラ” *4を、末広がりの五本締めにアレンジした“五本締め”を行います。宴会の締めのように楽しい雰囲気でデイサービスが終了し、達成感も生まれます。
*4 パタカラ
発声しながら口を動かす、「口の体操」のこと。 「パ」「タ」「カ」「ラ」 の4文字を発声するため、 「パタカラ」 と呼ばれます。
フィナーレエンタメでマルチタスクを実践
Q7.前回のインタビューで“フレイル”のお話が出ましたが、心理的なケアについて何か特徴的なものがあれば教えてください。
A7. 体だけでなく心の虚弱がフレイルなので、私は心を元気にするプログラム作りを常に心掛けています。まず心というのは脳の機能になるのでその機能が衰えないように「脳活性」することです。「マルチタスク」やコミュニケーションを前提とした「社会参加」は大切な要素になります。また心の衰えは感情表現力の低下にもつながります。本来、脳での思考が感情となって、発声や顔の表情、しぐさで表現されるものです。しかし脳活性と並行してそれらの機能を高めていく事は感情表現するミュージカルの仕事を長年やってきた経験から生まれた新しい発想の心へのアプローチ方法と考えています。そして何よりエンタメ活動プログラムで大切にしているのは「生きる歓び」「生きがい」を感じていただけるような「楽しさ」です。ポジティブな思考は心の老化を予防します。アスレティックトレーナーが創る「最適運動」と私が創る「エンタメ活動プログラム」で、心と体がいつまでも元気で輝いていただけるようにこれからも頑張っていきます。
Q8.サロメチールシリーズは、運動前後の筋肉ケアや肩こり・関節痛などに有効な外用消炎鎮痛薬ですが、井上さんご自身もサロメチールは使われますか。
A8.四季の時に「キャッツ」にずっと出ていましたが、本番前、総タイツに着替える時にみんな全身にサロメチールを塗っていました。ただ大勢で塗って出て行くものですから、舞台上はサロメチールのニオイがすごかったかも知れません(笑)。「キャッツ」は本当に全身を使うハードなミュージカルなので、痛くなるところに塗ろうと思ったら結局全身になってしまって(笑)。みんなお世話になっていました。今でも運動の前後に使わせて頂いています。また、つらい痛みを感じる時はサロメチールジクロα(テープ剤)やサロメチールジクロ(ローション・ゲル)等でケアするようにしています。
この記事で紹介された製品
今回の先生
㈱ワイズ・スポーツ&エンターテインメント
エンタメプログラムディレクター井上 智恵さん経歴
東京藝術大学声楽科卒業。その後劇団四季で21年間、高い歌唱力と演技力を武器にトップ俳優として活躍。2015年12月に退団し2016年に㈱ワイズ・スポーツ&エンターテインメントに入社。コンサート活動、ボイストレーナー、昭和音楽大学ミュージカル講師、また運動に音楽やダンスのエッセンスを取り入れた楽しいコンテンツ作りをエンタメプログラムディレクターとして行っている。