運動前の効果的な準備
第2回:「試合前日や当日の朝の過ごし方」
2020/06/23
2020年に開催されるはずだった東京オリンピック・パラリンピックが、史上初の延期となりました。新型コロナウイルスの世界的な感染拡大は、社会全般、トップアスリートのみならず、私たち1人ひとりの日常生活にまで影響を及ぼし、その在り方を見直すきっかけとなっています。感染症に負けない体づくりのために免疫力を高めることや健康な心身への希求は、今後ますます重要なものとなっていくでしょう。
さて今回は、前回に引き続きアスレティックトレーナーの桑井先生に、『運動前の効果的な準備』と題して、大切な試合の前日や当日の朝の過ごし方についてお聞きします。普段の運動や日常にも役立つ情報もご紹介していきますので、ぜひ参考にしてください。
眠れなくても横になっているだけで良い
Q1試合前日の就寝前や当日の起床後はどのように過ごすと効果的でしょうか。ストレッチを含め、食事、睡眠時間などについて教えてください。
A1大切な試合の前日ですと、就寝直前にものを食べるのは良くありません。もっともこれは試合前日に限らず、一般的にも好ましくありませんね。消化してから寝るのが鉄則です。就寝直前に食べると胃腸に負担がかかり、筋肉に血液が行き渡らず、翌日のパフォーマンスに影響してしまいます。試合前日の夕食は、特に早い時間に食べることをおすすめします。それで空腹を覚えることもあるでしょう。そのときは「食べてはダメ」ではなく、脂っこくない炭水化物や果物などの補食を飲み物と一緒に摂取すれば良いのです。
お酒は就寝中や翌日の脱水を誘発するおそれがあります。アルコール分子は水より小さく細胞に浸透するので、細胞の中は水がなくなり外にたまってむくみとなりがちです。試合前日のアルコールは原則禁止にして、終わってから楽しく美味しく飲むのが良いでしょう。
試合前日のアルコールはNG
就寝前の食事は極力控える
Q2入浴で気をつけることは何かありますか。
A2試合前日は基本的に長湯はしないようにします。疲労感や倦怠感が出てしまう場合もあるので、さっと身体を洗う程度にして、終わったあとにしっかり湯船に浸かるのが良いですね。
Q3睡眠についてはいかがでしょうか。
A3睡眠が実はいちばん大事です。しかし、何時間寝ないとダメなどと決めないこと。それがものすごくストレスになるのです。気がついたら朝の3時、4時になっているという焦りこそ、パフォーマンスの最大の敵です。大切な試合の前日はまず緊張して眠れないのが普通。それを前提に、横になっているだけでも効果はあると考える余裕こそが大事なのです。
スポーツに限らず、受験や大事なイベントを翌日に控えている人にも同様のことが言えます。
Q4ストレッチや身体のケアに関しては、どのような点に気をつければ良いでしょうか。
A4ストレッチに関しては個人差があるので、時間などでの管理はしていません。気をつけたいのは、内容やタイミングですね。身体のケアは、前日だからこうしなさいというフォーマットのようなものがあるわけではありません。できるだけ日常的にやっていることをやる。逆に言うと、そのために日ごろからルーティンをしっかり決めて習慣づけておくことが大切です。例えば、普段は飲まない刺激の強い飲み物とかテーピングやサポーター、慣れないウエアなどは避けた方が良いでしょう。本番で実力を出すというのは、日常で習慣化させているパフォーマンスをいかに発揮するかなのです。ですから前回ご紹介したウォーミングアップについても、日ごろやっていないものがあるのなら避けたほうが良いと私は思います。
流れをルーティン化しておく
Q5では当日の朝はどのようなことに気をつけるべきでしょうか。
A5まず起きたら散歩をするようにします。身体を起こすために、すぐに1回外に出て歩きます。ジュニアの合宿などでも、習慣化させるために「はい、まず散歩」とよく歩かせたりしています。次は体操。そして食事。逆算して3時間前に起床して、これらを行います。その後移動してから、ストレッチやウォーミングアップを行うというのが一連の流れになります。これはもうどの競技種目やレベルであっても、ほぼパターンは決まっているはずです。毎回、異なるやり方をしているようであれば、流れをルーティン化しておきましょう。
Q6ルーティンはそれほど重要なのですね。では、前日の夜や当日の朝など、それぞれ効果的な筋肉ケアがあれば教えてください。
A6ストレッチなどにプラスして、例えばサロメチールを筋肉や腱に対して狙いを定めて使うと、特に有効ではないかと感じています。こちらも習慣化がポイントになります。マッスルラブには血行を促す赤のサロメチール、運動終了後に筋肉痛などが残った場合はサロメチールジクロローションやサロメチールジクロαでケアするなど、日頃から用途に応じた使い分けを意識することが大切ですね。あとは試合の前だからどうのというよりは、普段から気になる自分の身体の問題点やウイークポイントに対して、アプローチするようにすると良いでしょう。
Q7試合前の選手の様子から発揮できるパフォーマンスがある程度予測できることはあるのでしょうか。
A7プレッシャーをかけられてもおかまいなしに、「行くぞ」と燃える勝負師のような選手がいます。私が担当させてもらった選手の代表例が北島康介選手ですね。またそうでない選手もいます。メンタルについては、指導者によって心まで含めてコーチングする方もいれば、パフォーマンス面以外は本人に任せる方もいる。私たちトレーナーの立ち位置は、指導者のコーチング法によって変わってきます。
Q8トレーナーとしては、指導者のコーチングメソッドを理解しながら選手と接するということですね。
A8はい。私はアスレティックトレーナーの仕事とは別に、鍼灸院で一般の方たちの症状に接し、また理学療法士としてリハビリテーションや運動療法も行っています。そして現場に行けば、選手の治療やトレーニングをやります。最近では、コーチの方はコンディショニングのことをよく学ばれていて、選手自身も知識や情報をいろいろ集めています。指導者・選手・トレーナーの関係において、重なる部分が増えてきています。ですから3者がお互いの役割をうまく理解しながら、トップアスリートをサポートしています。これからは、トップアスリートだけでなく一般の方の健康増進の面においても、貢献していきたいと願っています。
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今回の先生
公益財団法人 日本スポーツ協会 公認アスレティックトレーナー 桑井 太陽 さん
経歴
Jリーグ、バスケット実業団トレーナーを経て、2001年から水泳日本代表チームトレーナーを務め、2016年リオデジャネイロオリンピックほか多くの国際大会でチームに帯同。理学療法士。鍼灸マッサージ師。 公益財団法人 日本オリンピック委員会・医科学強化スタッフ。 株式会社サンイリオスインターナショナル代表取締役。サンイリオス桑井鍼灸治療院院長。
運動前の効果的な準備
第1回:「運動前のウォーミングアップ」
2020/03/31
2019年に開催されたアジア初のラグビーワールドカップは、「にわかファン」を取り込む大きなブームとなりました。さらに、東京でのオリンピック・パラリンピックの開催を控え、日本ではスポーツ全般への関心度が高まってきています。
スポーツには「する」「見る」「支える」などの要素がありますが、「する」につきものである怪我を最小限に抑えるための事前準備についての意識や知識はそれほど高くありません。
そこで今回は、アスレティックトレーナーの桑井先生に『運動前の効果的な準備』についてインタビューし、その内容を2回にわたりご紹介していきます。
ウォーミングアップは自分のペースで
Q1桑井先生は、オリンピックをはじめ、多くの国際大会に帯同されていらっしゃいますが、志したきっかけは何だったのでしょうか。
A1私は中学2年生の頃からトライアスロンをしていました。高校3年生のときにバルセロナオリンピック(1992年)で、選手達の活躍を見て、「オリンピックを舞台にした仕事がしたい」と思ったことがきっかけです。トレーナーという仕事があることを知り専門学校に通い、鍼灸マッサージ師の資格を取得しました。その後、理学療法士の資格も取り、北京オリンピック(2008年)から水泳の日本代表チームに帯同するようになりました。
Q2ウォーミングアップの大きな目的は何ですか。
A2なんと言っても、怪我の予防です。筋肉疲労を残さないためと思われがちですが、これはどんなに入念に行っても、運動をすると必ず起こるものです。むしろどう除去していくかが主眼で、クーリングダウンやアフターケアの部分で対処するべきと考えています。
Q3ウォーミングアップはどのような点に気をつけて行えば良いでしょうか。
A3私は2つのことを重視しています。1つ目は、「自分のペースをつくること」。人に合わせず、自分の方法論を確立するよう伝えています。2つ目は、順番や手順において、「自分のルーティンをつくること」です。
Q4チーム競技か個人競技かでの違いはありますか。
A4チームならば、身体だけでなく、サイキアップ(気持ちを高揚させ、やる気を起こす)も大切です。ロッカールームで円陣を組んで声を出すのもそうです。チーム全員でのウォーミングアップに加えて、個別のルーティンを確立することも提案しています。
個人競技では、例えば水泳では水中のウォーミングアップもありますが、その前に「ドライランド」という陸上でのトレーニングを行います。以前はストレッチぐらいしか行っていませんでしたが、2008年頃から、体幹を鍛える補強運動など怪我をしないための機能的なトレーニングを取り入れるようになりました。
■エクササイズプログラム(ドライランド)
立位両腕回し
関節・肩甲帯全体をほぐす
肩入れ(パートナー)
肩関節・脊柱(胸椎)の伸展の向上
背中合わせ
肩関節・脊柱(胸椎・腰椎)の伸展の向上
肩入れ(棒)
肩関節・肩甲帯・脇腹可動域の向上
トランクツイスト
肩甲骨周囲から胸部、胸椎の可動域の向上
慌ただしさは大敵、準備は余裕をもって
Q5ウォーミングアップを行うベストな時間帯はいつでしょうか。
A5これも種目差、個人差がありますね。1つ言えるのは「慌ただしさ」は大敵だということです。通常、練習や試合時間から逆算して考えます。例えばマラソンの場合、食事は3~4時間前にとり、なるべく早く会場に着くようにします。大会当日は人も多いし、トイレも混んでいますが、ゆっくり過ごす時間があれば、どんなときでも慌てずに済みます。選手には、準備を全て終えた後、身体も心も落ち着かせ集中する時間が必要なのです。
Q6ウォーミングアップでの筋肉の効果的なケアとして、気をつけるべきことは何ですか。
A6筋肉と向かい合うときに意識するべきポイントは、深さ(深度)です。筋肉の深いところはストレッチで動かせます。でも表面の部分、筋より浅い腱組織へは効かないんですよね。脚なら足首周り、アキレス腱、手首、肘など末梢の腱組織は、浅めのアプローチが必要なので、サロメチールのような血行を促すクリーム剤を使います。マッスルラブ(rub=こする)をしてあげる、つまり筋肉をこすると良いのです。
Q7身体の部位ごとに、効果的な準備を教えてください。
A7体幹、上肢、下肢と3部位に分けて考えてみましょう。体幹は、一般的な準備体操を立って行うことがポイントです。2人で背中合わせで立ち、屈んで相手を引っ張り上げるのも良いですね。ウォーミングアップはすなわちウェイクアップで、身体を目覚めさせる働きがあります。次は上肢です。床に這いつくばるような運動をかなり取り入れています。アリゲーター(鰐)やクマ(熊)など、いわゆるアニマルワークアウト(動物の動きを取り入れたエクスサイズ)はよく行います。最後に下肢です。ここまでで脚はずいぶん使っていますし、あとは軽く走ったりジャンプや縄跳びだけでも良いでしょう。これらをマニュアル化し、ルーティンワークにしておくと、ウォーミングアップだけでなく、日常のトレーニングでも使えますね。運動終了後、筋肉痛などが残った場合には、サロメチールジグロローションなどで痛みを緩和させることもできます。
■アニマルワークアウト
アリゲーター
肩甲帯・胸郭全体の筋力向上・腰部のストレッチ。肩甲骨の動きを安定させる「前鋸筋」の機能向上に役立ちます。
動作方法
四つん這いになり、片手と片脚を交互に出し腰を高く保持し前進する。
スパイダー
股関節・胸郭・脊柱のストレッチ、上肢下肢の筋力向上に役立ちます。
動作方法
四つん這いになり、片手を前に出したら反対側の脚を前に出し全身沈め、交互に動かし前に進む。
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今回の先生
公益財団法人 日本スポーツ協会 公認アスレティックトレーナー 桑井 太陽 さん
経歴
Jリーグ、バスケット実業団トレーナーを経て、2001年から水泳日本代表チームトレーナーを務め、2016年リオデジャネイロオリンピックほか多くの国際大会でチームに帯同。理学療法士。鍼灸マッサージ師。 公益財団法人 日本オリンピック委員会・医科学強化スタッフ。 株式会社サンイリオスインターナショナル代表取締役。サンイリオス桑井鍼灸治療院院長。